Jリーグを始めスポーツ全体、というより世界全体の動きがストップしてしまった期間に、再度『サッカースカウティングレポート』という本を読みました。
もう発売して10年になる本ですが、未だにこれを超える本に、出会っていない気がします。
サッカー戦術本の最高峰で、オススメの本です。
戦術面からサッカーを観る時に、何にポイントを置いて観るのか?について、答えの1つをもらいました。
自分の重視するポイントを持っていれば、サッカーの戦術の進化について行けるのではないか?と考えるようになりました。
Contents
購入の理由
どこで買ったのか?なぜ買ったのか?今となっては覚えていません。
版数が2010年の本を買っているので、出版されてすぐに買ったようです。
試合を観る際に、戦術面の比重を少し増やした時期に、参考書的に買ったのかもしれません。
当時は今ほど戦術に関する本が少なかったです。
そんな時代に、『どうサッカーの試合を観たらいいのか?』という問いへの答えでした。
著者の小野さんが、アトランタオリンピックの予選・本大会、フランスW杯の予選・本大会を戦った経験を紹介しながら、『スカウティング』について書かれています。
2020年現在では、サッカー観戦術や戦術について書かれた本が多く出版され、とても勉強しやすい環境にあります。
しかし(執筆時に)指導者の立場から書かれた本は、まだ希少な部類だと思います。
『どうサッカーの試合を観たらいいのか?』に対して、1つの答えを提示しながらも、『どう試合に勝つのか?』という視点も加えています。
『どう試合に勝つのか?』という視点は、選手やライターの立場から書かれた本とは違ったテイストで、本書のオリジナリティだと思います。
本書の対象読者
サッカーの超初心者ではなく、ルールや戦術(システムやフォーメーション)は少し分かる初心者が対象だと思います。
ルールや戦術が分かっていないと、戦術面に比重を置いてサッカーを観ようと思わないでしょう。
戦術に興味を持った層に刺さる内容です。
本書の構成は、前半部分でスカウティングのノウハウを紹介し、後半部分でアトランタオリンピック、フランスW杯の振り返りをしています。
サッカーの教科書として読むのであれば、前半部分が面白く感じると思います。
一方で、日本代表の裏話を楽しむのであれば、後半部分が面白いです。
特にアトランタオリンピック、フランスW杯をリアルタイムで観ていた人には、それぞれの記憶とリンクした懐かしさを感じます。
ただスカウティングのノウハウを紹介する前半部分は、体系化されていないように感じるかもしれません。
本書全体を通して、スカウティングについて重要なことが書かれています。
しかし重要度や強調したいポイントの濃淡が薄く感じるので、読み流すと、何が大事だったのか?分からなくなるかもしれません。
体系化された本を読むのであれば、類書『アナリシス・アイ』の方が分かりやすいと思います。
ポイント1: サッカーを観る眼を身につけるには?
スカウティング手法はとても役立つ
最初に本書を読んだときには、『どうサッカーの試合を観たらいいのか?』という疑問を持っていました。
下手ながらにプレー経験はあるので、基本的なことは分かっているつもりでした。
しかしボールから、ピッチから1歩でも下がった目線を持っていませんでした。
試合の全体像を掴む方法を知らなかったと思います。
本書で書かれているスカウティング手法は、とても勉強になりました。
1.両チームの並びを書く
2.選手の動きを確認する
3.マッチアップなどを確認する
という具体的な手順に当てはめて試合を観ると、とても頭の中が整理されて驚いた記憶があります。
1人余らせる、つまりプラス1にするためには、どこかをマイナス1にしなければなりません。
という当たり前のことを意識すると、チームの狙いが少しずつ見えてきました。
頭の片隅にある知識を明文化して意識することが、とても重要だと学びました。
しかし、試合に勝つためにスカウティングがあるということ、つまり『どう試合に勝つのか?』という視点まで引き上げることが、非常に難しいと感じています。
本書の一節を引用します。
毎日のように西野さんとやり取りをしていましたが、一番困ったのが「それで、相手は強いのか?」という質問でした。オフェンスのパターンや、ディフェンスのパターンを答えるのは何の問題もありませんでしたが、強いかどうかを答えるのは難しかった。
本書を始めとしたサッカーの戦術に関連した本を読み、多くの試合を観戦すると、どんなサッカーをしているのか?の方向性を理解できます。
観慣れたJリーグであれば、強いのか?弱いのか?という予備知識があります。
では『目の前の試合で、どう打開するのか?』については、あまり自分なりの答えを用意できていないように感じます。
そういった視点を与えてくれる意味でも、本書の希少性があります。
スタジアムで観る価値
個人的には、スタジアムでサッカーを観るのが好きです。
『平畠啓史 Jリーグ54クラブ巡礼』の序文にある『90分間だけがサッカーだなんてもったいない』という言葉がピッタリで、ピッチ外にも価値があると思っています。
そのためDAZNのような映像配信サイトを含めて、テレビでサッカーを観ることの優先順位が下がりがちです。
自分にとってスタジアムで観る理由の1つが、本書で指摘されていました。
全体が見えるようになるまでには、多くのゲームを観る必要があります。狭い局面に固執するのではなく、ピッチ全体を俯瞰し、周辺視野を駆使して観るような感覚です。
スタジアムでは、自分が視点を決めて、周辺視野でピッチを観ることができます。
一方、テレビ観戦の場合、作り手の意図で視点が決まり、周辺視野で観たいポイントが切られていることは、日常茶飯事です。
ピッチ全体を観ることを鍛えようとすると、スタジアムに行くしかないと感じています。
また周辺視野を駆使して試合を観ることは、別の本でも記述があります。
試合中の6割か7割はボールの動きを観て、残りの3割はボールのないところを観る。そう心がけるだけで、サッカーの試合を観る楽しみはぐっと増すはずです。
ボールに集中する割合は人によって変わると思います。
しかし『ボールのないところにサッカー観戦のポイントがある』という点では、同じ主張です。
そして『観る眼』を身につける方法として、
やはりレベルの高い試合をスタジアムで数多く観ることが大切です。
と紹介されています。
『レベルが高い試合』とは、どこの高さか?は分かりませんが、日本に住んでいる限りJリーグ(J1リーグ)が最高峰です。
自分がJリーグの試合を、スタジアムへ観に行く理由の1つです。
示唆に富んだ内容が多い本書ですが、実践しきれない部分もあります。
本当に優れた眼を持っていない限り、試合中に瞬時に疑問を解決するのは不可能です。だからノートを取る、ビデオで観返す作業が有効なのです。
ノートを書きながら試合を観たこともありますが、なんとなく試合に没頭できない気がしてしまいます。
また1度スタジアムで観た試合を、視点の限定されたテレビで観返す気力がないのも事実です。
ここが『仕事でサッカーを観る人』と『趣味でサッカーを観る人』の違いなのかな?と感じています。
ポイント2: 机上の戦術論を超えた視点
本書では何度も書かれているスカウティングの目的があります。
スカウティングの一番の目的は、選手たちを堂々とピッチに送り出してあげることに尽きます。そこに行きつかない限り、分析をする意味はありません。
『どう試合に勝つのか?』に繋がる視点です。
選手も人間ですので、『どう人の心を動かすのか?どうポジティブな方向に持って行くか?』は非常に大事な要素だと思います。
しかし自分のように趣味でサッカーを観る人は、あまり持っていない視点でしょう。
それを強く感じた一節を紹介します。
私の提案は、言ってみれば作戦ボードに当てはめただけの戦略でした。しかし岡田さんは、選手たちのメンタル面を考慮していた。(中略)岡田さんは、戦術よりも大事な選手たちの気持ちを重視したのだと思います。
戦術面からサッカーを観ると、時折チェスや将棋のように観てしまいがちです。
しかしチェスや将棋と違って、駒の強さが一定ではありません。
試合の流れやメンタリティー、運によって、選手の能力が変わっていくのがサッカーです。
戦術論に陥りがちな時に、落とし穴を埋めてくれる一節だと感じています。
ポイント3: リアル過ぎる事例紹介
本書の後半は、アトランタオリンピックやフランスW杯に至るまでのアジア予選と本大会を振り返りながら、実践したスカウティング術が紹介されています。
子どもながらにリアルタイムで観ていたので、裏話を聞いているようで楽しく読めました。
試合に勝つためにスカウティングを使って、何を考え、どう動いたのか?が書かれているので、リアル過ぎる事例紹介だと思います。
著者の小野さんの実体験が熱を込めて書かれているので、類書の事例紹介と一線を画しています。
監督・コーチ・スタッフからも、選手からも人間味が伝わるのは、本書の特筆すべきポイントです。
サッカーファンならお馴染みの『マイアミの奇跡』と呼ばれるブラジル戦の事例紹介を、引用します。
(ブラジルの最終ラインに入った)ロナウドは左方向が振り向きやすかったようです。左サイドは問題なくマークをつかめているのに、反対の右サイドからのボールになるとすぐにマークを見失ってしまう。だから意図的に日本の左サイドから、しかも連携の良くないGKとDFラインの間にクロスを入れるように仕向けていきました。
ブラジル戦があった当時は小学生で、偶然起きたミスに乗じたゴールだと思っていました。
後にミスを誘発しようとしたことは知っていました。
本書を読み、DFが振り向く方向のクセというディテールに拘った結果だと知り、スカウティングの奥深さを感じました。
『どう試合に勝つのか?』という視点を、読者に印象付ける一節でした。
またフランスW杯予選のパートでは、関係者全員の『覚悟』が痛切に伝わります。
『本大会に進む』ことがファーストステップだった時代でしたが、国民の期待がとても高かった時代でもありました。
現在の日本代表とは、また違う重圧があったように感じました。
『日の丸の重み』のほんの一端を窺い知ることができました。
他のスポーツとの関連
前述のように、サッカーの観戦術を紹介する類書との違いは、指導者の目線も含まれていることです。
そのため他のスポーツからも類似の言葉があり、説得力が増しているように感じました。
一例ですが、理想の監督についての一節を紹介します。
いざ試合が始まるとベンチからすーっと消えていくような監督。実際はありえないとわかっていながらも、私は、そんな監督が理想だと考えています。試合に臨むまでに完璧に仕上げてあるから、あとは選手たちを信じて任せるだけ。
選手が主体的に動き、監督の存在が薄くなることについて、別の言葉が印象に残っています。
試合に向けてコーチの存在感がなくなるのが強いチーム
これは、NHKのBSで放送されていた番組『奇跡のレッスン』の中で、ラグビーのエディー・ジョーンズ監督の言葉として紹介されていました。
サッカーとラグビーは、同じスポーツから分派したとも言えるので、関連が強いと思います。
監督のあり方についても、同じ考えが指摘されてたのは、面白かったです。
また『観る眼』を養う方法についての記述がありました。
そう考えると、やはりレベルの高い試合をスタジアムで数多く観ることが大切です。レベルの高いチームのレベルの高い試合を重ねて観ていけば、より洗練された形、言ってみれば正常な形が目に焼きつきます。そうすれば「当然こうなっているはず」という意識とは異なる曲面に出会ったとき、自然と違和感を覚えることができるのです。何かが起こっている、と。
違和感に気づくことが重要であるという主張は、別のスポーツでも見られます。
そうやって1軍で場数を踏んで、対戦相手の情報がどんどんアップデートされるようになると、自分の頭の中にあるリードの「引き出し」が増えるのはもちろん、素人目には分からないバッターの身体の開きや腕の下がり具合といった細かな部分までもが、打席に入った瞬間に「あれっ?いつもと違う」と気づけるようにもなってくる。
これは、野球解説者の里崎智也さんの著書の一節です。
いいキャッチャーとは?に関する記述だったと記憶しています。
里崎さんのYouTubeチャンネルでも、『シャドーマン』という言葉を使って、違和感に気づくことの重要性を語っています。
サッカーと野球という関連性の薄い競技でも、『分析する』という過程の本質は同じだというのは興味深く感じました。
本書を読んで感じたこと: 正解のない世界の正解を探る
戦術というのはサッカーというスポーツの1つの断面に過ぎないと思います。
しかし奥深い分野であり、勝敗に大きく関わる要素ですので、注目が集まります。
本書で扱われるスカウティングは、選手の心を動かし、試合に勝つために用いられます。
サッカーに限らずスポーツは不確実性が比較的高いので、絶対的な正解がないと言えるのではないでしょうか?
ある試合で正解だった手法は、べつの試合の不正解の手法になることは、よくあると思います。
絶対的な正解がないのは、自然科学の世界とは全く異なります。
大学時代に『自然科学はウソをつかない』という教授の言葉が、深く心に刻まれているためか?不確実性が高いサッカーのピッチ上での出来事が、とても面白く感じます。
正解のない正解で、正解を探るということの奥深さが、本書から十二分に伝わりました。
サッカーの戦術は進化していると思います。
一方で、その進化とは、手垢にまみれた戦術をチューンアップすることだとも思います。
そして戦術を、どうチームにインストールするか?、どう選手たちに自走させるか?が、監督の腕の見せ所ではないでしょうか?
やり尽されたことが多い世界でも、正解に近づくための引き出しをどれだけ持っているか?が、勝敗を分けるものだと感じます。
本書を読んで、サッカーを観戦する側にとって、自分なりに重視するポイントを持っていれば、サッカーの進化や試合の肝について理解することができると思いました。
まとめ
個人的に名著だと思っている本を、久しぶりに読みました。
サッカーの戦術について書かれた本ですが、『どう試合に勝つか?』という視点が加わっている点で、オリジナリティの高い本です。
指導者や選手の人間味を思い出させてくれますので、新たに戦術についてインプットをした後に読むと、戦術バカにならないのかな?と思います。
またサッカーを『観る眼』を養うために、スタジアムで観たいと思わせてくれる内容です。
サッカーを観る視点が増える・見識が深まる本だと改めて感じました。
yas-miki(@yas-miki)