
PK はよく運次第と言われるが、練習すれば成功率を上げられるのか?
この問いについては、著名なサッカー選手、指導者を含めて、賛否両論あると思います。
私は、30年近く前、公式戦でPKを外した(ゴールキーパーに止められた)苦い思い出があります。
PKの練習をした記憶も無いので、「練習で成功率が上がるなら、練習しておきたかったな」と思ってしまいます。
PKは、現代サッカーでも研究が進んでいない分野と言えるでしょう。
PKはどんなプロセスなのか?成功率を上げる要因はあるのか?要因があるとしたらどうトレーニングすれば良いのか?に答える一冊に出会いました。
本書は、心理学とサッカーの関係を研究する教授による、PKの専門書です。
著者は、実際に欧州の代表チームやクラブチームでPKの手法を指導した経験があり、PKの権威です。
本書は、過去の実績やインタビューといった研究データを用いて、トレーニングによってPKの成功率を上げることは可能という主張です。
「試合中のPK」と「PK戦」の切り分けがやや曖昧ですが、「気持ちの問題」や「運次第」といった旧態依然とした考え方を変えられる一冊です。
Contents
購入の理由
私は、定期的に大きな書店のサッカーコーナーに寄って、どんな本が積まれているのか?を観に行きます。
その時に見かけたのが本書です。
『なぜ超一流選手がPKを外すのか』というタイトルを見て、興味を持ちました。
サッカーファンなら『なぜ超一流選手がPKを外すのか』という本に、どうしても手が伸びてしまうくらいタイトルが秀逸です。
個人的には、アメリカワールドカップの決勝戦で最後のキッカーになってしまったロベルト・バッジョさんが思い浮かびました。
他にもミシェル・プラティニさんやジーコさんもワールドカップの舞台でPKを失敗したり、中田英寿さんもオリンピックの舞台でPKを失敗したりした記憶があり、「超一流選手はPKを外している」というタイトルには納得感があります。
また直近のカタールワールドカップのラウンド16、日本代表はクロアチアにPK戦で敗れ、ベスト16敗退となりました。
その結果から、今後はPK対策がより重要視されていると感じています。
サッカー観戦は好きですが、ほとんど知識の無いPKに関する、より深い考え方を得られることを期待して、本書を購入しました。
対象読者
本書の位置づけは、2つあると思います。
- サッカーファン:「新しい視点に触れることで知識を増やす」本
- サッカー選手や指導者:「PKの成功率を高める、特にPK戦の勝率を高める」参考書
「PKの成功率を高める、特にPK戦の勝率を高める」具体的な方法も語られているため、次の試合から、明日のトレーニングから導入できるポイントがあります。
キッカーがゴールへ向けてボールを蹴り、ゴールキーパーがそれを防ぐというシンプルなゲームを解説するため、本書にサッカー用語は多くないと感じました。
そのため、他の戦術を扱った本に比べると、読むための予備知識は少なくて済みます。
過去のPKを徹底的に分析し、有名選手を含めた現場の言葉がふんだんに盛り込まれているため、本書の主張に説得力があります。
間違いなく、PKという広大なフロンティアに足を踏み入れられます。
しかし、以下のような読者を挫折をさせやすいポイントもあります。
- 350ページほどあるボリュームがあり、先が長いと感じやすい
- 写真やグラフが少なく文章が多いため、文への集中力が途切れやすい
- 学者の先生が書いた論文調の英語を日本語訳しても、文章の小難しさは残る
- 章立てがあっさりしすぎて、今どこを読んでいるのか?迷子になる
退屈にも感じてしまう体裁を乗り越えると、サッカーの新たな世界「PKの世界」が広がっています。
本書を読み終わると、タイトルの『なぜ超一流選手がPKを外すのか』は、『なぜ超一流選手でもPKを外すのか』という意味に読み取れました。
類書
私は本書の前にPKを主眼に置いた本が並べられているのを見たことがありません。
著者によるとPKに関する本はあるようですが、日本では、ほとんどゼロではないでしょうか?
そのため類書はゼロだと思っています。
しかし、サッカーの試合に隠れている新しいフロンティアを解説するという意味では、セットプレー(特にコーナーキック)に特化した本『元ACミラン専門コーチのセットプレー最先端理論』は、類書と言えるかもしれません。
「試合で勝つには重要なピースであることは間違いない、しかし、トレーニングの時間を多く割くことはできない」という点でも、PKとセットプレーは似ています。
トレーニングをすれば得失点に直結すると認識されているセットプレーに対して、そもそもトレーニングに価値があるのか?すら意見が分かれるPKは、より肩身が狭い立場でしょう。
本書でもPKの立ち位置を「回避されている」とさえ解説しています。
サッカーの市場規模は数十億ポンドを誇るが、試合のなかできわめて重要な要素かもしれないにもかかわらず、PKのトレーニングは奇妙なほど構造化されておらず、その場の状況に合わせて即興であることが多い。優先度が低くて構造がないということは、PKは根本的に回避されていると解釈することもできる。
ポイント1: 膨大なデータから意味を見出す
本書の特徴の一つは、膨大な過去のデータを分析して、成功との関係を示していることです。
本書でも断りがありますが、「関係」とは、因果関係ではなく、相関関係に近い意味で使われています。
「Aという行動はPKの成功率と関係が高い、その理由はBと考えられる」というパッケージで語られる主張が多いです。
そして、そのパッケージがとても多く、色々な角度からPKの成功率を検証していくのが、本書の特徴であり、強みだと感じました。
ポイント2: PKは運だと思う理由
本書の中で、とても勉強になった部分を引用します。
我々が主要なPK戦を分析した結果、GKが間違った方向を選んだ場合―つまり左にダイブしたが、ボールが右側に飛んできた場合―キッカーが得点する確率は91%。GKが正しい方向を選んだ場合、ゴールする確率はわずか54%。ちょっと考えてみてほしい。 GK非依存型のキッカーには、GKがどちらに動くかをコントロールできない。そしてGKが正確にダイブすると、あなたがPKで得点する確率が50% 近く下がるのだ。こうした状況で、キッカーがしばしば無力感を覚えるのはそのためだ。
- GK非依存型: GKの動きに関わらず、キッカーが蹴る方向を決めているキック
- GK依存型: GKの動きを最後まで見て、GKの動きに応じて蹴る方向を決めるキック
遠藤保仁さんの「コロコロPK」は、GK依存型の最たる例です。
キッカーが蹴った方向にGKが飛んだ場合、成功率が54%まで下がることが衝撃でした。
プロレベルのPK戦を分析しているので、GKのレベルが高いことを考慮しても、キッカーは恐怖してしてしまう数字だと思います。
私が失敗したのは、GK非依存型のキックで、蹴った方向に飛ばれた場合、つまり成功率54%のキックでした。
では、「GK依存型のキックを習得しなければいけない」という結論にならないのも本書も面白さだと思います。
GK非依存型のキックで、蹴った方向に飛ばれた場合でも、成功する54%に入るには何が必要なのか?を、紹介しています。
ポイント3: プレッシャーをコントロールする
心理学者の立場からPKを語る本ですので、プレッシャーとどう向き合うか?がメインテーマです。
章立てからもプレッシャーの重要性が分かります。
- 襲いかかるプレッシャー
- プレッシャーをコントロールせよ
- プレッシャーにつけ込む
- チームで団結してプレッシャーに立ち向かう
- プレッシャー対策
- プレッシャーのマネジメント
著者によると、プレッシャーの少ない練習では、PKの多くは成功するそうです。
約20人の選手がいるチームの場合、一人1回 PKを蹴ると19本か20本が成功するといったところか。
トップレベルであっても、プレッシャーのかかる試合では、成功率が下がってしまいます。
それはプレッシャーをコントロールできず、普段通り、言い換えれば「ルーティンが上手くできなかったこと」が、PK失敗の主な原因という主張です。
では、プレッシャーをコントロールするために、
- キッカーができることが、第2章「プレッシャーをコントロールせよ」
- チームメイトができることが、第4章「チームで団結してプレッシャーに立ち向かう」
- 監督やコーチといった指導者できることが、第6章「プレッシャーのマネジメント」
- GKがよりプレッシャーをかけるためにできることが、第3章「プレッシャーにつけ込む」
- そもそもPK戦のトレーニングは必要なのか?を語るのが、第5章「プレッシャー対策」
という建付けだと読みました。
プレッシャーを受け流すという理想論ではなく、プレッシャーを受けながらも、「状況をコントロールできていると思う」感覚を身につけるべきだと紹介しています。
では、「状況をコントロールできていると思う」ために何ができるのか?を具体的な手順を含めて紹介しているのが本書の強みです。
ポイント4: 連帯感を示す
本書では、「これをやれば100%成功する」ではなく、「こうすれば成功率が今より改善できるかも」という紹介をしています。
個人的に心に残ったのは、味方GKの振る舞いでした。
イングランドはかつてないほど入念にPKの準備をして、2018年のワールドカップに臨み、屈辱的なPK敗戦の歴史を見事に覆した。彼らが準備してトレーニングした主な戦略の一つは、GKができるだけボールを保持して、イングランドの次のキッカーに手渡すことだった。明らかに状況をコントロールするための一つの手段だったが、この戦略は功を奏した。
2018年のワールドカップでは成功したが、2020年の欧州選手権では失敗に終わったそうです。
しかし、「必ず味方GKが次のキッカーにボールを手渡す」のは明日のPK戦からでも使えるくらい簡単な取り組みに見えます。
こんな簡単な(というと失礼ですが)アクションでもPKの成功率を上げられることに衝撃を受けました。
本書では、他にもたくさんのアクションを紹介していますが、ほとんどのアクションの目的は「キッカーに孤独感を与えない、チームの連帯感を強くする」ことでした。
心理学者が書くPK論であることを差し引いても、メンタルから改善する重要性を学びました。
ポイント5: 日本代表はPKを研究する必要がある
2000年以降の歴史だけを観ると、日本代表はPK戦に弱いのかもしれません。
8試合がPK戦にもつれ込み3勝5敗、特にワールドカップやオリンピックは0勝3敗です。
(敗戦)2000年 オリンピック シドニー大会:準々決勝 アメリカ戦
(勝利)2004年 アジアカップ 中国大会:準々決勝 ヨルダン戦
(勝利)2007年 アジアカップ 東南アジア4ヵ国共催:準々決勝 オーストラリア戦
(敗戦)2007年 アジアカップ 東南アジア4ヵ国共催:3位決定戦 韓国戦
(敗戦)2010年 ワールドカップ 南アフリカ大会:ラウンド16 パラグアイ戦
(勝利)2011年 アジアカップ カタール大会:準決勝 韓国戦
(敗戦)2015年 アジアカップ オーストラリア大会:準々決勝 UAE戦
(敗戦)2022年 ワールドカップ カタール大会: ラウンド16 クロアチア戦
本書では、今後のワールドカップでのPK戦の展望について、このように紹介しています。
主要大会の決勝トーナメント(ホーム & アウェイ方式ではない)試合では、2~3割の試合がPK戦にもつれ込む。2026年のワールドカップから、決勝に勝ち上がるにはトーナメントで5回試合をしなければならない。である以上、少なくとも1回はPK戦を経験する確率は高いだろう。
日本サッカー協会のホームページによると、2030年までにベスト4、2050年に優勝という目標を掲げています。
これを達成しようとすると、「PK戦に勝つ」のはマストでしょう。
カタールワールドカップ以降、「フレンドリーマッチでもPK戦を」という意見もあります。
では、何を準備すれば良いのでしょうか?
本書を読むまでは、とりあえずPK戦を設定して、最低5人の選手に、大勢の観客の下でPKを蹴る機会を与えるのかな?と思っていました。
しかし、本書を読むと、
- キッカーをどのように決めるのか?
- キッカーはどのようにプレッシャーをコントロールするのか?
- センターサークルのどこに陣取るのか?
- GKはキッカーを出迎えるのか?
- 円陣で監督はどのように振る舞うのか?など…
数え切れないほど多くの決まり事を設定し、試合終了~PK開始までのリハーサルも大事だということに気づきました。
本書で紹介されているようにイングランドやカナダではPK戦に勝つ準備が始まっています。
日本代表も、「PK戦の仕組み化」を進めているかもしれません。
yas-miki(@yasmikifootball)























