
本書は、Jリーグクラブで監督を務めた松田浩さんによるディフェンスの解説本です。
欧州での事例を交えながらゾーンディフェンスの概念を説明することから始め、各ポジションの選手が何をするのか?何に気をつけるのか?まで解説しています。
本書中では、4-4-2のゾーンディフェンスは普遍的としており、守備の面からサッカーを理解するのにベストな一冊だと思います。
Contents
購入の理由
発売された2015年からだいぶ経ってしまい、なぜ購入したか?は明確に覚えていません。
ただ、発売当初、ディフェンスに主眼を置いた本は少なかったと記憶しています。
現在でも、戦術に関する書籍は多く発売されていますが、ディフェンスに特化した本は貴重です。
おそらく『サッカー守備戦術の教科書 超ゾーンディフェンス論』というタイトルが珍しかったこと、「欧州の守備の最前線」や「ゾーンディフェンスとは何か」といった目次に惹かれたのだと思います。
また「ポジションの役割」と題したパワーポイントがめちゃくちゃ詳しく、かつ分かりやすかったことも理由の1つでしょう。
対象読者
読書の前提条件
本書は、サッカーのディフェンスについての専門書です。
それも、4-4-2のゾーンディフェンスに限定しています。
そのためサッカーのルールやフォーメーションを知っているというくらいだと、難解な本になります。
サッカー経験が必要だとは思いませんが、フォーメーションというよりシステムに関する知識は必要です。
フォワードやボランチ、サイドバックといった各ポジションの名前や役割は、「知っている前提」で話が進みます。
また、専門的なサッカーの戦術を、映像無し、少しの画像と大量の文章で説明しています。
4-4-2のどこを扱っているのか?マンツーマンディフェンスの違いは何なのか?を頭で描かないと、迷子になります。
後の著書で、「指導者からより詳しい解説を求められた」と書かれており、巻末に練習メニューが多く掲載されているため、選手や指導者といった現場の方々に評判だったようです。
また、サッカーファンであっても、コア層の方々に向けられた本だと感じました。
読み方のアドバイス
本書を読む上で、個人的におすすめの読み方を紹介します。
「この主張はほんまかいな?」と疑いながら読むと理解が深まると思います。
何回も本書を読んでいるのですが、ゾーンディフェンスの優位性について、論理的に話が進みます。
ある局面について、AならばBの対応をとる、CならばDの対応をとる…と書かれており、「ふんふん」と読み流していると、最終的に知識になっていなかったです。
ゾーンディフェンスの優位性に関する主張は、その意図を探ると理解の促進に良いと思います。
類書
4-4-2のゾーンディフェンスが題材ですので、類書はないと言えます。
唯一、本書のエッセンスだけを抽出した『詳しいことはわかりませんが、サッカーの守り方を教えてください』の方が、初心者向けです。
また、守備戦術という意味では、岩政大樹さんの『サッカー守備解剖図鑑』、坪井健太郎さんの『サッカー 新しい守備の教科書 優れた戦術は攻撃を無力化させる』といった本が類書に挙げられます。
これらの本は守備全般を扱っているのに対して、本書はフォーメーションを4-4-2と限定している点が大きな違いです。
ポイント1: ゾーンディフェンスを学ぶことの重要性
一般的に語られるサッカー史では、過去はマンツーマンディフェンスた主流だったが、その後ゾーンディフェンスが開発されました。
そして、アリゴ・サッキさんに率いられたACミランが結果を出し、世界中でゾーンディフェンスが導入されました。
日本でも、ハンス・オフトさんや加茂周さんが代表監督を務めた時代に、「ゾーンプレス」という言葉が流行っていました。
私は、小学生、中学生、大学生でサッカーをしていましたが、楽しむのがメインで、戦術を教わったことはありません。
そのため、マンツーマンディフェンスはどのようなものか?説明できるが、ゾーンディフェンスはふわっとした説明しかできません。
この記事を読んでいただいている皆さんはどうでしょうか?
先程紹介した『詳しいことはわかりませんが、サッカーの守り方を教えてください』によると、本書はB級ライセンスを所得するくらいの指導者にも大きな反響があったようです。
本書を引用すると、
しかし、現代サッカーには100%マンツーマンディフェンスで戦いを臨むケースはほぼあり得ない。逆に言えば、100%ゾーンディフェンスということもまずない。
とされており、現代サッカーではマンツーマンディフェンスとゾーンディフェンスの使い分けがされています。
この事実から、マンツーマンディフェンスしかできないプレーヤー、ゾーンディフェンスしかできないプレーヤーは生き残りが難しいのではないでしょうか?
「古い」のではなく「普遍的」なのである。守備における基本中の基本であり、スタンダード。
という考え方です。
4-2-3-1も含めると、4-4-2のフォーメーションは多くのチームで使われています。
このことは、他書でも言及されています。
興國の基本システムは1-4-3-3なのですが、高校選手権の予選が終わった段階で、3年生だけシステムを1-4-4-2に変えて、1、2年生の新チームと紅白戦をします。なぜそうするのかと言うと、大学やプロに行くと、日本の場合は1-4-4-2のシステムでプレーするチームが多いからです。
またゾーンディフェンスも多く導入されています。
つまり「4-4-2」×「ゾーンディフェンス」が最もスタンダードになると言えるのではないでしょうか?
本書は、「4-4-2」×「ゾーンディフェンス」に特化して、考え方やメリット・デメリット、各ポジションの役割を紹介しています。
「4-4-2」×「ゾーンディフェンス」が基本としてあるので、フォーメーションが変わったり、マンツーマンになったりといった派生パターンが理解できるのだと感じました。
攻撃に視点を移し、極端な言い方をすると、攻撃とは「4-4-2」×「ゾーンディフェンス」を破る方法ではないでしょうか。
ベガルタ仙台やモンテディオ山形で監督をしている渡邉晋さんの『ポジショナルフットボール実践論』を読むと、ポジショナルプレーを導入するに至った思考には、「4-4-2」×「ゾーンディフェンス」を破ることがメインテーマになっています。
つまり、サッカーを理解するためには、「4-4-2」×「ゾーンディフェンス」を理解するポイントを通る必要があります。
それを強力にサポートする一冊だと感じました。
ポイント2: ピッチの横幅68メートルをどう割るか?
本書では、4-4-2を推す理由として、バランスの良さを挙げています。
ACミランやレアル・マドリード、代表チームであればイングランドやロシアを率いたファビオ・カペッロ監督の言葉である。
『なぜ4-4-2か?これもまたサッカーの本質を知っていれば容易に理解できること。要するに105メートル×68メートル、つまり、7000㎡を超えるフィールドで、選手たちをどう配置すれば最も効果的にカバーできるのか。これを考えれば自ずと答えは導き出される。4-4-2は、守備の局面でも、また攻撃の局面でも、理想的な”バランス”をチームに保証する。
別の言い方をすると、「ピッチの横幅68メートルをどう割るか?」を考えると、4で割ると良いという考え方に行きつくということです。
本書でも3で割ることの難しさを指摘しています。
結局、4-3-3(4-3-1-2)の場合、横幅68メートルをそもそも中盤の3人が横方向にスライドしながらカバーするのは難しいということなんです。
ピッチの横幅を4人でカバーすることに関して別書をいくつか紹介します。
4バックの根底には、68メートルあるピッチの横幅は、最低4人いれば何とかカバーできるのではないか、という考えがあります。
一般論として言えば、4-4-2は現在もなお、守備に関しては最良のシステムであると私は考えている。それは、サイドと中央の両方をバランスよくカバーすることができるからだ。
しかし少なくとも4-4-2には、ピッチの横幅をきっちり埋められるという強みがある。また全体のラインをコンパクトに保ち、意思の疎通さえできれば、守備のシステムとしても充分に機能する。
4バックはフィールドの横幅68メートルを4人で守るのでバランスをとりやすくなります。
一方で、4で割らない方が良いという意見もあります。
相手の攻撃がいいと、横幅68メートルを4人では守れない
ここ10年ほどでキーフレーズとなったポジショナルプレーも、ピッチを4分割する4-4-2を破るためです。
その攻撃ができている=相手の攻撃がいい場合は、4バックでは厳しいという考えです。
とても論理的で、直近の出来事をよく表しています。
つまり、サッカーに正解はなく、ピッチの横幅を4で割るのが基本で、応用として3や5、6で割る戦術があるのかなと思います。
ポイント3: 何をするのか?が明確
本書はゾーンディフェンスを解説していますが、「ゾーンディフェンスの概念的な話」と「ゾーンディフェンスを実践する上でピッチでやること」が両方書いてあります。
つまり、ゾーンディフェンスの狙いとは、マンツーマンをベースにしたサッカーがいかに相手に対して数的優位の状況を作れるかを狙いにするのに対し、”たった1個のボールにいかに 数的優位を作れるか”ということにあるのだ。
まずゾーンディフェンスとマンツーマンディフェンスの違いを定義して、読者と理解の共有をしています。
その上で、ゾーンディフェンスを語るキーワードとして、「クライメイト・アラウンド・ザ・ボール(ボール周辺の雲行き)」という言葉で、プレーを選択する基準を示しています。
わかりやすくいえば、ボール周辺の状況がどうなっているのか?ボールホルダーは次にどんなプレーをしようとしているのか、または、どんなプレーが可能なのか?あるいは、ボールホルダーは一体誰で、そこからどんなボールが供給される可能性があるのか?
などということである。
守備者全員が「ボール周辺の雲行き」に注意を払っていれば、それぞれの守備者は自分がどこにポジションをとればいいのか、次に何を予測して動くべきか、それらがわかるというものである。
この言葉を読むと、何となくゾーンディフェンスの概念が分かった気になります。
相手選手の数を重視するマンツーマンディフェンスに対して、ボールホルダーの状況を重視するゾーンディフェンスと言えるのではないでしょうか?
ボールホルダーの状況によって、あらゆる可能性を考えてプレーすることが求められています。
しかし、あらゆる可能性を考えるという言葉は、「空気を読め!」というふわっとした感覚という気もします。
そこで、フォワードやサイドハーフ、センターバックなど、それぞれのポジションの選手が何をするべきか?について詳細に書かれています。
まずは2トップの二人は相手のドリブルでの侵入を許さないこと。フォワードであっても簡単に飛び込んで抜かれるのは絶対にダメです。相手が最終ラインでボールを持っていたら 第一に自由を与えず、パスコースを限定するような守備をすることが大事。
実際の試合では2トップがどこまで相手を追って守備をすればいいかという目安がある。それが”ペナルティエリアの幅”だ。
ここまでブレイクダウンすると、フォワードの選手の役割、つまり「何をするのか?」が明確になります。
その上で、他の選手についても、同じように「何をするのか?」を理解することが、「チーム戦術の落とし込み」なのかな?と感じました。
事実、先程紹介したパワーポイント資料には、このような言葉があります。
各ポジションの役割を全員が知っておく。特にローテーション時の隣り合うポジションは重要「1playはそこでやる!」
現代サッカーには必要なことで、ヨハン・クライフさんの言葉が呼び起こされました。
本当は戦術についての考えはあまり明かしたくないんだ。なんといっても私の企業秘密だからね。しかし絶対に言えることはフィールドではどの選手もすべてのポジションでプレーできる力を身につけるべきだということだ。これは、頭で考えたわけじゃなくて、実践から学んだことだ。
ポイント4: 4-4-2の実例
この記事を書いている2025年現在、本書の内容を理解して、ガンバ大阪の試合を観ると、忠実に4-4-2のゾーンディフェンスをしていることが分かります。
チームとしてどう動くのか?ボールをどこに追い込もうとしているのか?を観ていると、本書の理解が深まっているように感じます。
2024年は、同じポヤトス監督の元でJ1リーグに臨み、失点数は2番目に少なく、安定した守備をしていました。(しかし、2025年は14試合を終えた時点で、4番目に失点が多い成績になっています)
著書の松田浩さんは、2022年に監督を務めた経験もあり、チームへ残したものも少なくないのかな?と思います。
本書から学べる「普遍的な4-4-2のゾーンディフェンス」で戦った場合、どういった試合になり、どのようなメリット・デメリットがあるのかを確認しています。
ポイント5: 戦術で個人の力を覆い隠すことはできない
本書は、ゾーンディフェンスの解説本ですが、サッカーの勝ち方を解説している本とも言えます。
試合に勝つためには、ゾーンディフェンスを理解する必要だという主張です。
しかし、戦術だけで守れる=勝てるとはしていません。
(前略)『球際の強さ』『判断の速さ』『(攻守の)切り替えの速さ』。この三つの強さや 速さをカバーできるシステムもフォーメーションもないと言うんです。そのとおりだと思います。それらの要素が、守備をするときの個人の大前提になければ、チームとしてゾーンディフェンスを機能させるのは難しいということなんです。
システムの話をするけど、プレーするのは人間である選手という考えは、監督をはじめ、現場で仕事をした方ならではだと思います。
人間である選手が大事という考えを補強するために、先程紹介した『サッカースカウティングレポート』の一節を引用します。
またスカウティングの一番の目的は、選手たちを堂々とピッチに送り出してあげることに尽きます。そこに行きつかない限り、分析する意味はありません。
システム論ではありませんが、システム論に必須とも言えるスカウティングも、選手ありきという主張です。
『サッカースカウティングレポート』の著者も、サンフレッチェ広島やロアッソ熊本などで監督を務めた小野剛さんですので、現場で仕事をしている方です。
サッカーでスカウティングやシステム論の重要性は上がってきていますが、結局は、人間である選手がプレーしているため、個の力や調子、メンタルの方が重要であると言えます。
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